2017年5月14日日曜日

誰でも"初めてパリに行くとき"がある

GWパリ弾丸旅行の目次

名前は全部聞いたことがある、でも行ったことはない場所ばかり。
凱旋門、エッフェル塔、ノートルダム、ルーブル美術館……。

帰りの飛行機でちょっと思ったけど、
”初めてパリに行く“
というのは、生涯に一度しか味わえないんだなあと。
「おお、ここがあの!」
みたいな。
世界中どこでもそうですが。
でも、同じ大都市でも、そこまで思い入れのないところも多いから。
その点パリは、昔から花の都を目指した人々がいたわけで。



この「巴里茫々」の当時、パリは相当どす黒く、うす汚かったらしい。
本当にフランス語以外通じなかったと。
でも、それが懐かしいとも書いてある。

大学生の女の子のブログなどを読んでいると、シャルル・ド・ゴールに着いたときから何を見てもはしゃいでいるんだけど、そういうのもいいですよね。
18歳くらいで、ヨーロッパの街に一度も行ったことがなくて、最初にパリを訪れたら、そりゃ、テンション上がると思う。
みんな、それぞれに「初パリ体験」というのがあるのですね。
今回それを味わいました。



しかし、いろんなフィクションに書かれていること、ルーブル美術館の地下にある謎の小部屋などは、なさそうな感じでしたが。
ちょっと広いけど、普通の美術館じゃないの(^^;




以下、上記の著作から



「翌早朝、特急列車で辻夫妻のいるパリへ向った。途中、一カ所だけルアンに停車をした。船で朝食をとる間もなかったので、プラットホームに降りてみるとパンを売っていた。私は二つそれを買い、走る車内で食べてみた。なんという美味かと驚嘆した。さすがフランスのパンはうまいものだと思った。あとになってみれば、何ということもないクロワッサンなのだが。ともあれ、生まれて初めて外国へ行くその航海中、かなりの肌身に感ずる体験もしてきたが、このクロワッサンがもっとも印象に残るカルチャー・ショックだったかもしれない。」(p.37)



当時の日本には、美味しいクロワッサンもなかっただろうからな~。



「話ではいろいろ聞いていた。大正の末にドイツ留学を終えた父を迎えに行った母の第一印象は、「人は花のパリなんて言うけれど、なんてうす汚ない街なんでしょう」というものであった。
私もほぼそれに似た感慨を抱いた。あのようにどす黒いのは昔は暖房に石炭を使い、そうした建物がそのままにずっと残っているからだという知識は持っていた。だが、こうして自分の目でじかに眺めるパリの、本当になんとどす黒かったことか。(中略)
そしてまた今、私は痛切に思うのである。あの黒かったパリの、なんと胸に沁みて懐かしいことか。あの黒いパリを見られたのは幸せであった。やがて文化大臣アンドレ・マルローの提案で、汚れた家屋や塀をみんな洗い流して白くしてしまった。確か二度目に辻夫妻とパリで会ったとき、清潔にされた壁の一部にまだ昔のうす汚れた部分を示され、かつてのパリがいかにどす黒かったかを更めて実感した。」(p.38)


二~三十年前に中国に行った人も、大通りを自転車が埋め尽くしていたあの光景はもう二度と見られないと言っていた。

いつだって、そのとき、その場所、その自分でしか味わえないものがあるので、心して経験すべしということですね。

朝鮮半島が平和になって、北朝鮮に自由に旅行できるようになったら、行ってみたいです。




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